2017年1月22日 (日)

七十肩

先週の日曜あたりから両肩に違和感があって、右はもともと金属疲労しているので仕方がないのですが、左が変になったのは初めて。ぎっちょなので、箸とラケットより重いものは左手で持たないように高校以来やってきて、やっとその左が金属疲労かと。で、左肩を中心に手が上に上がらなくなったり、服の左手を通すのにいててと時間がかかったり、ドアのノブが左手で回して手前に引けない。四十肩や五十肩の経験はないけど、これが噂の四/五十肩かと。ちょっと嬉しかった。それで水曜から左肩にロキソニンテープを夜だけ貼って木曜も貼ったら、なんという事でしょう、だいぶ楽になってきました。今日のフィットネスでは、バーベル的なマシンだけは辛くて15回を6回でやめましたが、他は問題なく。今度、診察の問診で相談して見ます。

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2016年12月24日 (土)

IRC時代からテレパシー通信まで

今年のテーマはオンラインコミュニーケーションなので即時遠隔で、1対1ではなく複数人が同時のコミュニケーションとしてIRCの話を中心に書いてみたい。

1986年から1987年にかけて職場のLAN環境を整えてJUNETにもつなぎ、メールやネットニュースからこの世界に入ってきた。メーリングリスト(以下、ML)もメールを始めれば自然と参加していくことになるが、IRCは大阪市大に移ってWindowsのコミュニティに積極的に参加し始めてから始めた。IRCはInternet Relay ChatのことでRelayがついているのは複数のIRCサーバが連携して同じグループ(チャネルと呼ばれる)を運用する仕組みを持っているからである。日本で有名なのはWIDEが運用するものであるが、WIDEな人たちと連絡を取りたい時に使っただけで、わたし的には柳原秀基さんなどが中心になってるNT-Committee2と付き合い始めてからである。阪大時代はMac派であったが、大阪市大では全学のネットワーク管理者として赴任したので、一番トラブルするのはWindowsだろうと考えて、周りを見たらNT-Committee2があったわけである。古いメールを探すと1999年11月に柳原さんからのメールがあり、2000年初頭にNT-Committee2のメンバーになっていました。

前置きが長くなりましたが、このあたりのいろいろのコミュニティ活動は歴史として残しておきたいので少し回顧談でした。このNT-Committte2では2台のサーバがIRCサーバとして運用されていて、ほぼ全部のチャネルが共有されていたようです。IRCではPublicのチャネルは誰でも入れるチャネルとして用意されていて、それ以外は必要に応じて作成される。各チャネルは基本参加は自由であり、わたしの多くのチャネルに参加していた。

コミュニティなので嫌ならやめればいいし、嫌いなら話さなくとのいいので、IRCではignore(無視)のコマンドが用意されている。IRCはニックネームで参加するが、そのニックネームを指定してignoreコマンドを発行すると、そのニックネームの人(Botのこともある)の発言は表示されない。富士通が作ったWindowsのアプリにChocoaがあって、このChocoaがよくできていてスクリプトを書くとIRC参加時に自動的にignoreが動作させることができた。ニックネームは途中で変えることができるが正規表現でうまくignoreを発行するとほぼ捕捉できる。

このIRCはまだ使っていて、Windows使いからApple使いに変わったので手元にWindows機が減ってきて、今は書斎のSurfaceProだけになったので、帰宅して寝るまでと、日曜に在宅しているときぐらいになった。なぜWindows機にこだわるかというとignoreをしっかりサポートしてくれるのがChocoaだけで、散々、MacやiOSアプリなどを探したがignoreがなかったり、あっても英語しかサポートしてないかで、いくつか有料アプリを買ってみたが無駄でした。ここまでignoreにこだわるのはPublicチャネルに話をしたくない人がいるからで、そこまで無理してコミュニティ付き合いしたくないからでもある。またオンラインコミュニケーションにおけるignoreコマンドの有効性というか利用方法を調べてみたいという研究者としても気持ちもある(言い訳かな)。今はスクリプトを動かしていないので、毎晩IChocoaを起動させるたびにignore操作するので、これがまたigonore心をくすぐる。

余談ながら大阪市大の最終講義の後の懇親会の挨拶で、「今までは八方美人で基本断らなかったが、これからは嫌なものは断ります」と話して会場を沸かせています。

一人をignoreしても、他のニックネームの方達はignoreされた人とチャットをするので奇妙なスレッドが続くことになる。これもまた研究材料としては面白い。

で、このignoreって今はなんだろうと考えたらブロックですね。Twitterのブロックがわかりやすいですが、Twitterではアカウントに鍵をかけなければTweetは公開されるので、相手をブロックしてもダダ漏れになる。TwitterはReTweetがうざいので最近は使ってなくて、Facebookで話をするときつくは友達から削除、軽くは知り合いに降格になる。性格上、無視するようなので(どんな性格かを書こうと思ったが、これは書かない方がいいと判断)、それがIRCではignoreコマンドに、Facebookでは友達削除や知り合い降格になる。Facebookの友達削除は相手にわかるのであまりしないが、さすがにむかっとした時にやるようである。

Facebookも「いいね」以外に気持ちを選択できるようになったが、いずれ気持ちが脳波として測定できると偽れない気持ちがSNS上に流出するのではないかと思っている。現時点ではネコミミで代表されるNeuroSky社の技術が面白くて、額と耳たぶの間の電位差でα波、β波、γ波を測って「集中状態」と「リラックス状態」が人種、性別、年齢にかかわらず2点測定でほぼわかるそうで、ネコミミ連動型SNSがでて、ついでに飲酒度数もわかれば面白そう。脳科学研究者の話もたまに聞くので徐々に脳科学の成果が使われるようになるでしょうね。気持ちって究極の要配慮個人情報ですね。

ついでにビデオ会議だと表情でわかりそうだけど、ビデオ会議もアバターが代わりに喋る選択も出てきそうで、こちらのオンラインコミュニケーションもどう変化していくかも興味がある。

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2016年3月 7日 (月)

ロキソニンテープ

今回の旅行、いやシンポジウム参加で唯一の忘れ物が右肩に貼るロキソニンテープ。2年前の5月に右腕がおかしくなってカバンを変えたりしたときに右肩にも 内科の主治医と相談してこのテープを毎晩寝る前に貼ってました。今回、それを忘れたので、忘れたと思ったときには気持ち右腕がちょっとと思ったのですが、 ほぼ6日ほど貼ってなくて(旅行の前の2日間も酔って帰ったので貼るのを忘れた)どうかと思ったけど結論的には大丈夫みたいです。まあ気休めで毎日でなく てもいいので貼っておくかと。

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2015年12月24日 (木)

「子供」x「アプリ」x「広告」

今年もリレーの選手として何か書いてくださいと言われて、「情報セキュリティ論」の講義の話を書こうと思ったら、お題があって「子供」x「アプリ」x「α」となっていたので、αは広告にしました。そうスマホアプリの下や突然出てくる広告です。
情報メディア学科の一員としてゼミも含めて週6コマが義務とかで、また教える人がいなくなったということもあって新規の講義が3つあったので、準備期間を取りたいのでその3つは全部後期に回してもらいました。その一つが広告メディア概論です。あとは「データベース概論」と「情報と職業」。それぞれに攻め方が違うので広告に関してはジュンク堂でざっと本を見回したらちょうど良い教科書があって、それを前半のベースにして、後半はネット広告的な、おそらく得意だろう思うことで攻めることにしました。ネット広告だとスマホアプリの下や突然全面に現れる広告がありますね。
毎日、Facebookで友達から出る役に立つURLを5から多い時は10ぐらいを日々保存しているのですが、その中に新しい広告として、DMPやDSP/RTBの本があってさっそくこれらも買ってみました。これからの広告はみなさんめがけて攻めてくる、それはテレビ、パソコン、タブレット、そしてスマホの4スクリーンだとあって、いや面白いなあと頭の方だけ読んでみました。スマホのiPhoneの方はCocoa勉強会にもたまに出ていて、たまたま宴席の横にいた北村真二さんに、最近の流行りのゲームは聞いたら「マンボウ」ですと言われてさっそくインストール。まあ単純で面白いのですがよく見るとアプリの下や、たまに全面アプリ広告が出ます。
これは講義にも使えるなあというわけで、この仕組みを北村さんに解説してもらいました。結構面白いプロフィットモデルなので、「情報と職業」の講義でもゲストスピーカを3名呼んだときに、その一人として北村さんにiPhoneアプリ作成者で個人事業主ということで話をしてもらいました。事前に質問も用意していたので講義の後半は私との掛け合いになりました。学生も使っているアプリの開発者の生の声というので興味深々で聞いてもらえました。アプリの下の広告はワンクリックするとアプリ作成者に1円から10円程度のお金が入ってきて、その単価のコントロールも出来るとか。アプリ作成時にネット広告会社のSDKを埋めておくようです。
私の講義は学生からの質問に全部答えるというスタイルです。広告メディア概論だと
http://tezuka-gu-ict.jp/teachers/nakanohideo/admedia2015/index.html
の配布資料に質問もあります。質問に答えるかたちで繰り返し伝えしながら理解を深めてもらおうという意図もあります。
http://tezuka-gu-ict.jp/wp2/nakanohideo/sample-page/
に他の講義もあります。
で、やっと本題ですが、学生からの質問というかコメントで多いのがアプリの下や全面で出る広告がうっとうしい。Youtubeの最初の広告が邪魔とかいうものです。確かに邪魔ですが、プロフィットモデルがこれなので、テレビの民放モデルの話をしたり、大きくはビジネスモデルやプロフィットモデルとはそもそも何かと説明しています。iPhoneアプリの場合は無料アプリ100に対して有料アプリのDLが1とかで、学生から見ると有料アプリも購入している私は変な人でしょうか。まあ有料アプリもいいものはいいし、お金を払うだけの価値があれば買ってみたらと言うのですが基本は無料のようですね。無料だから広告ぐらい我慢しろともいうのですが、やなものはやなわけです。
このスマホの広告も反発は多いようなので、いずれ違うかたちのものがでるか、法律ができるか業界の自主規制になるかは見えないところですが、欧州ではすでに問題になって議論が始まっているとFacebookのどこかで読んでURLは保存しているので、講義もそれを見せて解説したりしています。http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20151107-00051228/

プライバシーのEUとアメリカの違いとか、日本での議論や法律の進み方を講義の中でも混ぜているので、教材としては学生にも身近でわかりやすいようです。いずれにしてもネットの歴史はまだこれからなので皆で作っていくのでしょうね。おじいさんも頑張ります。

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2015年1月11日 (日)

セキュリティとプライバシーで思うこと

 子供とネットを考える会から連続ブログの〆のようなブログ依頼を受けました。
今までのセキュリティからプライバシーまで興味をもつようになった経緯みたいなものを書こうかなと思います。歴史を残していくことも最近始めたものですから。

 最初にセキュリティに関係をもったのは1980年前に公開鍵暗号が世に出た時に、暗号の研究を始めた周りの方たちから研究会への参加を勧められたからです。
クリプト関西という暗号の研究会で、その関東版は「明るい暗号研究会」だったと思います。
日本では公開鍵暗号の研究は主に符号理論の研究グループが始めたもので、クリプト関西には現在神戸大学の森井先生も入っておられました。
私はアルゴリズムの研究者で、組み合わせ問題の近似解法が専門でした。
この問題の一つのナップザック問題がナップザック暗号として提案され(それは解けると証明されてダメになりました)興味をもっていたので参加したのがセキュリティ分野に入った動機です。
公開鍵暗号では零知識証明の提案され、これもアルゴリズム屋さんの世界なので解説を求められたものです。

 一方で1983年に初渡米してインターネットに出会い、1993年に関西のインターネットの立ち上げに奔走する前後からネットワーク管理のやっていました。
セキュリティに関しては研究者とも付き合いながら、実際に運用している実務者ということで、2003年に刊行された「情報セキュリティ事典」では「情報リテラシー」と「セキュリティ教育(大学の部分)」の部分を執筆しています。
編集サイドからは理論と実務の両方知っている方ということで選ばれたそうです。
この本は当時25,000円で、今、アマゾンで見ると27,00円ですね。私の章の前後で法律関係の章がありますが、一つの章を岡村さんが書いています。

 1997年に白浜でコンピュータ犯罪に関するシンポジウムをするから講演をしてほしいと依頼が臼井さんからありました。
当時JIPにおられた臼井さんとはSEA関西で一緒にやっていたので、気軽に了解して講演をしました。
あとで知ったのですが警察の生活安全関係の方がたくさんおられたようです。
1997年は「インターネットと暗号」だったと思いますが、2001年5月の講演で、セキュリティを守るのは、1.技術, 2.法律や規定等,3.倫理、教育等という話をしています。
この話は好きで、いつも話をしていて、このころはまだ法律関係も弱くてまだまだでしたが、今は法律がしっかり出来ていて有罪と無罪の線引きができたきたように思います。
ただ倫理や教育は難しくて、あと何十年のかかるかなと思っています。
この白浜ではナイトセッションがあって、その時に岡村さんに出会い、その延長線上で多くの法曹界の方と親しくなりました。

 阪神淡路大震災が1996年ですが、その前後からインターネットが認知され始めました。
私は1995年を自治体のインターネット元年と呼んでいるのですが、関西のインターネットの親玉のように思われていたので、大阪府のある部から相談を受けたりとか公的な組織がインターネットに興味を持ち出しました。
2003年に私もソーシャルメディアのMixiを教えてもらって始めています。
Mixiの社長の笠原さんがクリプト関西の代表の笠原教授の息子さんと聞いて関心をもったこともあります。
以後、Twitter, Facebookと至り、今はFacebookがメインで800人以上の友達がいて、Mixiには日々「ほろ酔い日記」なる日記を書いて、ココログでブログ公開もしています。
Mixiにはコミュニティがあって、大阪市立大学のコミュニティも勝手に勝ち上がっており、その時は私は大阪市大の広報スタッフ、広報スタッフ代表、広報委員長だったりしたので、コミュニティには参加しながらも発言はしないようにしていました。
広報委員長なので私の発言は大学の公式発言になるから慎重に、しかし問題が起こってはいけないので担当の事務の方や副委員長ともども何が流れているかはウォッチしていました。
有名な卑猥な写真がアップされた事件も、教え子から即座に報告があり、その処置を見ていました。

インターネットの普及がベースにあって、1990年代にウェブで手軽に情報が発信でき、2010年前後から携帯電話やスマホが出てきて、何時でも誰でも即座に情報が入る時代になってきました。
小学校4年生から親は子供にスマホを与える時代になってきたそうです。
小学校や中学校にタブレットが配布され、それを使った授業が求められています。
急に広がった情報時代は、それに追いつけない中年以降の大人には戸惑いですが、もう一方の自我がまだ確立していない子供にも影響を及ぼしています。
私の記憶では、私が自我に目覚めたのは小学校6年ではなかったかと思います。
大阪市の阿倍野区天王寺町にある高松小学校が私の通った小学校ですが、その小学校の北側沿いを歩いていたときに、ふと今でいう自我に目覚めたことをしっかり記憶しています。
3DSでは、3Dが脳の中でしっかり認識できるのは6歳以上ということもあって、人間は赤ちゃんから徐々に成長するので、インターネットといういきなり70億人の世界にソーシャルメディアで放り込むのは無理があると思います。
それをするのが教育ですが、教育するほうもまだ未熟なので方法論が確立していないのが現実でしょう。

 セキュリティの世界に入ってから35年ぐらいたち、セキュリティだけでなくプライバシーも考えないといけない時代になってきました。
プライバシーと法律ではアメリカ的な考え方とEU的な考え方があって、日本はどうするのかという所は現在のフェーズです。
とはいうものの日々事件は起こっています。
個人的にはプライバシー制御技術を研究テーマにしようと思ってますが、現職が70歳までは忙しくなってきたので、気持ちを持っているということだけは公言しようと思ってます。

2008年12月に大阪市教育改革フォーラムがあり、4つある部会の一つがネットいじめだったので、その部会の基調講演とパネルのパネラーを依頼されました。
インターネット全般の専門家と思われていたので、「何々とインターネット」という講演を頼まれていたので、新たに出てきた中学や高校でのネットいじめについても議論して欲しいというものでした。
人権とインターネットというテーマで法務局の研修に呼ばれたこともあります。
で、その部会に参加するために実際に学校で起こっていることのなまなましい話を聞きましたが、今まで我々研究者だけのインターネット(JUNET時代)から徐々に事件は広がっていき、それがスマホ等の普及で小学校まで来たのかというのが、その時の感想でした。
当時はまだ中学以上でしたが。
この部会の打ち合わせの会が開かれて、PTA関係者もパネラーに居られて、パネラー全員でパネルの進め方などの意見交換をしましたが、その時の結論は、1.親がIT/ICTを理解していない、2.親子の会話がないでした。
一緒にすると、親が何が起こっているかわからないになります。

 先日、堺市の女性大学というところでネット問題の講演を頼まれました。
まずはLINE等の世界で起こっていることを説明して90分の持ち時間の最後の30分を質疑に当てたところ、多くの質問を受けましたが、その一つに中学生の子供をもつ母親から、「こんどスマホを持たせようと思うのですが、LINEとかどうしたらいいでしょうか」と聞かれました。
私の答えは子供さんとスマホを使う時間を話し合ってくださいというものでした。
それが親子の会話ですと説明しました。

 セキュリティはインシデント毎に技術的な対応があり、違反したら、それに対する法律があって裁かれる時代です。
その意味ではセキュリティは日々新しいアタックはあるものの、ある程度対応が進んでいると講義や講演で話をしています。
次はプライバシーかなと思っています。
まだ時間はかかるでしょう。
以前に市大時代に高校生相手の模擬講義を頼まれて、世界一面白い講義してほしいと女性広報職員に言われて「5年後、10年後、20年後、100年後のIT」のようなタイトルで模擬講義をしました。
この講義のオチは「100年後に情報通信倫理」が確立するでした。
情報倫理の講義や講演をするときの私の決まり文句は「情報倫理は他の生命倫理や環境倫理と同じように確立するのに時間がかかります。インターネットの普及を1995年からと考えると、まだ20年です。
倫理ってギリシャ、ローマ時代からですよね。
だから情報倫理はこれからなので、みんなで情報倫理を作っていきましょう」と話をしています。

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2014年8月17日 (日)

教え子

ある本の著者に私の教え子があったと思って、ずっとそう思っていたのですが、先日、彼を知っているであろう別の教え子と話していて、ウェブに彼の写真があったので見せると違うと言われて、そうかなと。で、阪大時代の教え子等の一覧のExcelファイルがあるので眺めてみました。退官パーティで必要になったので作成していたものです。よく見るとその姓の教え子は二人いました。1984年卒と1990年卒でした。とても覚えている教え子と、そうでない教え子がいるので、仕方がないことでしょうね。最終的には350名ぐらいになるかと思うので、ちょっとしっかり名簿をメインテナンスしようかと思ったしだいです。

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2014年8月 6日 (水)

かるカバプロジェクトその後

先日、西尾先生が軽いバッグにMBPかMBAを入れているのを見て、軽い鞄を持とうプロジェクトを少し修正。今まで使っていた鞄にMBPと軽い傘とノートと予備のハンカチ等を入れて、ポシェットは最大1.7kgまで行くので、その日使う予定の物以外は入れないという方針で昨日から行動中です。ウォーキングバッグだと階段がやっかいなのですが、それを考えないので行動に余裕が出てきます。雨の日は雨の中を歩く場合だけ、ポシェットを鞄に入れればよくて。それ以外は右手でポシェットを抱え、まだ丈夫な左手で鞄を持ちます。荷物の多いときはウォーキングバッグで行動になります。これで行けそうなら11インチのMBA購入は必要なくなります。Google GlassやiWatchの購入資金に回りそう。闘うご隠居も大変です。

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2014年7月16日 (水)

普段は軽い鞄を持って行動しようプロジェクト、縮めて「かるカバ」プロジェク

右肩に違和感が5月中旬にあり、普段から5kg以上の鞄を右手で持っていたのが原因と判断して、ウォーキングバッグを購入して行動して2ヶ月経ちました。だいぶ見慣れた風景になってきたと自分では思っていますし、よく見ると年寄りでこんな格好して行動されるかたもちらほら。先日、西田社長から、いつまでも重い鞄を持って、ええかげん軽い鞄にしたらと言われて考え始めました。かるカバプロジェクトです。一応、MBPから11インチのMBAにすることで1kgの削減。とは言ってもMBPはまだ現役なので普段は書斎に置いて、高校での出張講義など装備が必要なときは、今のウォーキングバッグで、普段はMBAで重くとも3kgに押さえて、更には拠点毎にMac Miniを置いて、iPhone+アルファで行動するという「皿かるカバ」を理想とすると構想中です。それで問題なのは、ファイルの同期。64GBか128GB程度のUSBにメールと良く使うファイルを入れて、不急のがファイルはiCloudに入れ、Time MachineやポータブルHDDでバックアップになるかと思います。全面クラウド化は今回は断念しました。まずは、SylpheedのMac版に切り替えてUSBをフォルダーにし、ファイルも良く変更のあるフォルダーと不急のフォルダーに分けることになりそうです。MBAも結構、メモリーも詰めそうで、なんとか職場の研究費で買えそうです。中野秀男研究所だと固定資産計上になるかと思い、なんとか研究費で購入予定です。これからいろいろなガジェット等の重さの再測定ですね。夏休みの終わりには実現したい。

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2014年6月26日 (木)

ウォーキングバッグの重さは8kg

めまい以降、鞄をウォーキングバッグに変えて、基本、右腕は箸とペンとキーボードと握手以外は使わないと決めて行動しています。おかげで、めまいもなく以前通りの生活をしています。さすが大阪で多くの場所でエスカレータやエレベータがあるので、場所によってはちょっと遠回りですが大丈夫です。最悪、左手で鞄を持って上下すればいいので、左手はテニス以外に酷使していなかったので、人生の最後は左メインですね。先日の高校生相手の講演でも右でマウスを持ったときに、ちょっと上がったいたのか手が震えたので、まだなにかあるのでしょう。半年か一年はこの状態で医者とフィットネスのトレーナと相談しながらと思っています。昔、ナミねぃに歳とったら障がい者に近づくと言われたのが、現実になったなあと思いました。まあ、ナミねぃも私も歳とったけど。 さて、バッグですが、メインのポシェットとMBP用のクッション兼用の鞄以外に、ちょうど入るぐらいの横に長いポシェットをいつもの鞄屋でサイズを測りながら決めて買いました。下ポシェットの上にメインのポシェットとなります。今回、iPhoneやiPadも表示させながらの講義や講演も増えたのでVGA切り替え器セットも一緒の入れることもあります。で、測ってみました。学内ではMBPとメインポシェットと主な書類で行動です。メインポシェットは1680gです。うち、ガジェットはMagic Mouse, WiMax, EM, Eneloop充電池, Xperiaで600g。下ポシェットは810g。バッグは4つ足の台車なので2400g。これに携帯傘、MBPのACアダプター、3DSが入り、日に応じて書類が入れ替わります。切り替え器セット入れると8kgですね。バッグはハードタイプではないので雨の日用にかぶせが入ってました。300円のコインロッカーに入らないのが辛いところですが、健康のためには仕方がないと思ってます。 これで70までは頑張ろう。

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2014年5月18日 (日)

古いメールの整理

連載のために1989年7月からの私にとって最古の馬場君からのメールからフォルダー分けを始めました。NOCをやってもらったKCS以外にも大学では近 大や姫路獨協大とかの名前がでてきたり、TIS時代の藤田君等が出てきて楽しい分類です。7月、8月、9月までと終わって、まあ毎月百通ちょっとなので、 なんとかなるでしょう。1989年9月のメールには「学生とネットワークで遊んでいるそうなという悪評が流れているようです」というメールもありました。 1995年1月に阪神淡路大震災の時にインターネットは活躍したという記事を朝日新聞に書いて、やっと電気系の先生方が、私が何をやっていたか分かったよ うで、5年半ぐらいかかってますね。新しい事ってこんなものなのでしょう。いや、メールが見つかってよかった。L.sysの設定例もあった。

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«テンパイ宣言