2020年12月26日 (土)

情報モラルと子供

主催者を考えて情報モラルと子供を書こうと思いましたが、何を書こうかと思って倫理の話にしました。最初は子供に倫理観がつくのは何歳ぐらいかを書こうかと思いました。子供の脳は3Dを頭の中で作るのは6歳以上ぐらい出そうで、任天堂の3DSは6歳以上でないとダメと聞いていたので、倫理脳は何歳でできるのかなと思ったわけです。それでググってみると知的障害の子供は左脳と右脳のバランスが悪いので治療の方法があるという本があって、筋は外していますが、Kindleで少し読んでみました。それはそれで面白かった。

ちょっと違うなあと思って、今度は情報モラルの話に戻って、子供に情報モラルはどうやってつけるかを考えました。先生や親や周囲が「そんなことをしたらあかんで」と言って、子供が納得して、それが積り上がって、情報モラルになることが多いようです。まあ子供でなくとも大人もそうですが。それでは「あかんで」と言われなくとも自分で「あかん」と判断できるのは子供の場合は何歳ぐらいかなと思ったわけです。情報モラル脳、情報に限らなければ倫理脳でしょうか。

それで残りは「私と倫理」ということで自分史を書いてみます。セキュリティの分野では白浜のシンポジウムに最初から参加していて、1回目に「インターネットと暗号」で講演しました。5回目の2001年5月26日には「内部犯罪の防ぎ方」の講演で、「セキュリティ対策について」というスライドで「まずは技術、次は法律、最後はモラル(情報通信倫理)、教育で、保険もあるでよ」と話しています。2001年の段階では法律はまだまだですと話していて、モラルは100年かかると思っていました。7回目ではナイトセッションの「内部犯罪の防ぎ方」でパネルで岡村弁護士と一緒になって、このあたりから法曹界の方達とも親しくなりました。2002年のCSSでは岡村さんの予定が合わなかったので特別講演でまだニフティだった鈴木正朝さんと呼んだりしています。実はその講演はStreamworksで映像中継していて、岡村さんもみていたそうです。そのあたりから倫理は気にしていました。大阪市大の時はITのトップだったのですが、同時に広報担当もやっていて、世界で一番面白い講義を高校生にして欲しいと言われました。それで「ITのこれから5年後、10年後、20年後、100年後」のようなテーマで話して、このオチの100年後が倫理です。それぐらいで考えた方がいいだろうと思っています。私の白浜での技術、法律、モラルは他の方もよく使われていたようですね。

 

 

さて、倫理脳ってあるのかなと思って、これは脳科学者に任せればいいのかなと思い、あとは自分史で書いてみます。昔から本を読むのが好きで、おそらく中学のことからだと思いますが、新潮社の日本文學全集が一冊290円だったので、小遣いでどんどん読んでました。大学に入ると当時は学生が読む本というのがあって「三太郎の日記」という本です。今、ググってみると教養小説とありました。大学でも哲学や倫理の講義があって、私はバリバリの体育会だったので、そんな講義は出るなと先輩に言われて、取りやすい講義だけ出るというかレポートを出していたので、哲学や倫理も教えられてないと思います。唯一覚えているのは万葉集の犬養孝先生かな。とはいうものの運動部の練習への行き帰りには「世界の名著」シリーズで、古くはプラトンあたりからは読んでいました。まあ哲学青年ではなかったのですが、そういうことを考えるのが好きだったようです。

 

 

なので倫理観がいつできたかはわかりませんが、中学から小説を読み始めて、大学では哲学書というのを難しいながら読んでいたので、ある程度、倫理観ができる素養はあったようです。高校ではテニス部のキャプテンもしましたし、大学でも体育会の上下関係の厳しいテニス部にいたので、上下関係や、下級生の面倒をみるとかやっていたのが倫理観といかなくとも、自然に備わってきたのでしょう。大学でも1年生では家庭教師のアルバイトをして、ほとんどレコードのLP代になりましたが、二年生の上級生になってからは後輩におごるお金で消えていました。

元に戻って人に言われなくとも自分でモラルをわかるようになるというのは、自然とわかるように育っていくのかなと思いました。「あかんで」と言われるのではなく、「あかんのかなあ」と思う環境にするのでしょうね。

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2019年12月26日 (木)

大学生の昔と今(学生時代のおもちゃの話

50年ぐらい前に大学の4年生で研究室に背側されました。教授と二人の助教授は全然別の研究をされていて、私は電磁気からシステム工学に変わられた助教授の元にもう一人の学生と一緒に配属されました。大学時代は何学部ですかと聞かれたらテニス部と答えたぐらい体育会系の学生でした。で、その研究室に配属されると君は好きそうやからあの片隅のコンピュータを触ってみて。錆びるから週に一回ぐらいと言われて使ったのがカシオのリレー式計算機でした。ルート4と入力するとすぐ2が出るのですが、ルート5をすると30秒かかります。またオリベッティの電卓があってプログラミングができるというので、、これも触らしてもらうと256ステップのプログラムができるのですが、数字の「124」を入れると3ステップとか。250万円とか。博士課程の時代に学科の教授、助教授をアンケートととって評価する担当をした時に集計に使いました。点が悪い教授には睨まれましたが、点の良い助教授からは喜ばれて、その助教授がMixiの社長の息子さんの父親だったりしました。

助手になって研究室にミニコンが来たら、そのミニコンを24時間稼働させて、学生に時間を割り振って研究に使ってもらいました。当時、スタートレックのゲームが流行っていたのでミニコンに入れて遊んでいたのですが、当時はディスプレーはなくてテレタイプだったので、一画面毎に印刷するので紙がもったいないので、トイレットペーパーに印刷したのも楽しい思い出です。

街ではスペースインベーダゲームが喫茶店などで大流行りで、インベーダゲームを研究室で作った、CPUがモトローラ(6801か6809)の手作りマイコンで作成して遊んでもらいました。1978年ぐらいですね。他講座からも遊びにくるほどの人気で、おかげで隣の研究室がシャープのMZ80Kを購入したときにZ80の機械語を触って見たかったのでMZ80Kで動くインベーダゲームを作ってみました。モトローラの石は触っていたミニコンと同じような命令体系だったのですが、インテル系の石は独特の命令体系を持っていたので気になっていて興味深々でどう料理しようかとワクワクして
MZ80Kで動かしました。結局、ローダの部分をBASICで書いて、ゲームの機械語をDATA文で処理して対応。その頃、大阪で初めてマイコンショーが開かれたいて、こっそりとマイコンショーで展示されているMZ80Kにスペースインベーたのプログラムを動かしました。手作りマイコンが作れたのは当時、二人学生(M2とB4)がハードウェアに詳しくて彼らが中心になって作成したもので、そのうちの一人は日立製作所の研究所の所長にもなった私の教え子では一番頭のよかった学生でした。マイコンショーも相談員というコーナーがあるので、その学生などを派遣したら、研究室に戻ってきて「にーちゃん、インベーダゲームはどれぐらいの金を払ろたら、作ってもらえんねん」とその筋系の人が来てびびったと報告がありました。私は4K BASICを手作りマイコン上で作ってというソフトウェア担当だったのですが、メモリーぐらい半田付けさせろとメモリーボードを作ったら動作しない。おかしいなあとクロックを1Hzにしてシンクロで見ると見事に16ビットのアドレスラインを反対に半田付けしてしてました。いまでもハードは苦手なようで、Plen:bitのロボット二台もゼミの学生に作ってもらったりしてます。

1980年に任天堂がゲーム&ウォッチというゲームを出したというので買ってみました。液晶の画面でボールをお手玉のように動かすというようなゲームなのですが、高速にすると液晶のシャッタースピードが間に合わずボールが消える(見えない)ものでした。任天堂がシャープの協力で作ったゲーム機ですが、ノウハウを得た任天堂は次の機種からソフトウェアの開発は独自でやっていると聞いてゲームの世界もなかな赤のものだと思ったものです。後日談ですが、いまでもコンピュータが好きな学生が入学してくるので、先日、彼らの案内で日本橋を歩いていたら、古いゲーム機やソフトを売っているお店で、なんとゲーム&ウォッチを発見して感激しました。

大学生の頃にトランジスターが出て、1ビットのFlip Flopが1000円で作れると皆で興奮したものでした。時は流れ学生に卒業研究のテーマを聞くとゲームの映像配信が希望が多くてゲーム機もSwitchやPS4が主流です。先日もPS4を4台使って、ビデオのスイッチャーがあるので4画像を1スクリーンに収めて、先生役と教えてもらう役に分かれて、ゲームのやり方を教えながら、生徒役が徐々に上達するというのを泊まり込みでやってました。ゲームは一人で楽しむだけでなく、ゲームを中継してYoutuberのようにギャラリーを集める時代になったのだなあを実感した次第です。とはいうものの私はRPGやアクションもののゲームは好きではなくて(やれないというのが真実かな)、相変わらずDSのブツ森をほぼ毎朝やっていて、発売が2001年4月だそうで、かれこれ20年近くやっています。Mixiの日記も毎日書いているから粘り強いのでしょうね。ポケモンGOも今の学生はすぐ飽きてしまって、もうあまりやってません。

 

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2019年6月30日 (日)

居場所

居場所

 帝塚山で研究室を暫定的に割り当ててもらったのと、今まで技術顧問だった大化物流さんで7月から全体の顧問とかになって席を用意してもらったので居場所が増えて決まってきました。大阪市大の特任教授が終わって研究室がなくなった時に、何人かの方に居場所の提供をお願いしたら、全員OKが出て、曜日毎に違う場所に行ってましたが、これも翌年に帝塚山が決まって一年間だけでした。今回も帝塚山が非常勤になって研究室がなくなったのですが、いつのまにか居場所が複数できて、以前やったデジャブ感があります。あいだに入院、手術、自宅療養が5週間ありましたが、なんとか落ち着き出して、今日は主に土曜日と考えているコワーキングスペース天満です。G20も天神橋筋2丁目では関係ないのかな。報告がてら、居場所は以下の通りです。
1.書斎
2a.帝塚山学院大学の学科の準備室
2b.帝塚山学院大学の研究室
3.堺筋本町駅近の大化物流開発合同会社
4.南森町と天満橋の間のコワーキングスペース天満
5.うめきたグランフロントのナレッジサロン
 ナレッジサロンは打ち合わせなど、大化物流さんはミニバーがあるので、夕方そこで待ち合わせて街に繰り出すのもいいようです。
 前は居場所毎にディスプレーを買って置いておきましたが、今回は帝塚山の研究室でゼミ生との打ち合わせぐらいなので、渡したディスプレーを回収しようかな。
 なかなか隠居できません!

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2018年12月25日 (火)

新しいガジェット、新しいサービス

今年のアドベンターは「啓発」だそうですが、わたしの担当者によると「いつも新しくて便利なものを華麗に使いこなしているお話とか聞きたいですね。子供らは新しいサービスにすぐ飛びつきますから」と言われたのですが、子供と言っても普段接しているのが主に大学生で、たまに高校生なので、それを含みに読んでいただければと。
ネットワーカーは酒飲みでスケベが良いと時々発言しますが、このうちのスケベは「何にでも好奇心を持つこと」で特にITの世界ではこれが必要です。
帝塚山学院大学の情報メディア学科に招聘特任教授として赴任して6年たちました。映像や音楽の先生もおられる学科だったので、情報ツールと情報コンテンツが両方学べるというキャッチコピーにしました。更にソーシャルメディアの専任教員も追加されて、時代に合った学科にしました。いうだけでは駄目で新しい科目のセキュリティなども担当しゼミも持つことになりました。情報ツールを使いこなして次を考えるゼミにしました。
ところが高校回りをしてみるとITに興味を持つ高校生が少ない事に気がついて、さりとてスマホやYoutubeは好きなようで、そこから攻めることにしました。高校回りでもロボホンやタブレットやスマホが持っていきます。学科でもPepperはリースで導入してもらって、私もロボホンが出た時に、ロボットの専門家に肯定的なコメントをもらったので購入しました。ヨドバシカメラで買ったので、そのポイントで純正の袋や椅子が買えてこれも良かったようです。
講義ではMacとiPadとiPhoneをVGA切替機で切り替えながら説明し、長丁場の90分講義の合間にYoutubeの映像などをを挟みます。説明に使うYoutubeやウェブは教材用のLMSにあらかじめ置いてあるので、出来る学生は同時に自分でも見ているようです。
私が色々と新しいガジェットやサービスを買って利用するのは、学生になるべく興味を持ってもらいたいからで、iPhoneにも興味を持ってもらえそうなアプリをいれ、Netflixなどの話もするようにしているので、興味を持った学生がそのアプリをインストールしたり、Netflixに入ってみたりしています。Androidスマホの学生のいるので、これはChromecastで対応するようにしました。
講義ではなぜ私がこれを買ったのかとか、利用しているのかと、少し未来のことも含めて話します。面白いのは学生はスマホのアプリは無料のものしかインストールしないようで、有料でもいいものは長い目で見ると安いよという納得してくれたりします。私のスマホアプリで高価なのは1200円(購入当時)の小遣い帳ですが、今、調べたら2009年元旦から記録があるので、ほぼ10年使っているので毎年100円の買い物でとても便利ですと学生には伝えると、納得した学生は有料の中で便利そうなものを買うようです。ロボホンもロボット関係者からペッパー以上にハードはいいと聞いたのと、この手のロボットの値ごろ感が20万円以上とロボット好きな人たちから聞いていたので買ったものです。AIとロボットはこれからを教えるのに必須で、ロボホンは持ち歩けますからね。最近、買ったものではPocketalkがありますが、これもNICTのエンジンを参照していると聞いて買いました。Siriとかと比較して話をすると興味を持って聞いてくれます。私の長所はいっぱいポケットを持っている人だそうで、当分、ポケットは増えていきそうです。
情報コンテンツの方では、情報メディア学科に赴任するという時点で、SkyPerfectと契約してBBCやCNNをはじめCSの番組も見るようにしました。映像メディアどう変化するかも見てみたいと思って、またNHKのオンデマンドでは特選の方を契約しています。たまたまあるセミナーの講師をした懇親会でNHKの担当者と歓談したときにNHKの考え方も聞いたのが大きいようです。オンデマンド系では主はNetflixですが、Amazon PrimeもFireStickを買ってみていますし、AppleTVは最初から買っていて、ハリーポッターの全巻も購入います。これらは学生に私の考え方を実際に表示したり、FireStickを使ってAmazon PrimeをHDMIで見せることで、これでもコンピュータですとか、HDMIやDVIやVGAの違いなどを説明するのに使っています。講義の中でぽろっと喋ったことを学生がコメント用紙で質問してくるので、それに次回答える形にしていて、まあ反復学習ですね。学生の興味は多岐にわたるので、場合によっては私も知らないことが多いのでググって調べて、そのURLを教材として示しながらやってます。Aクラスの学生はそれで満足していますし、Bクラスの学生にも部分的に届けばいいかと思っています。
最近はサブスクリプションの流れが出てきているので、それも実際に私が支払っているお金の話をしながら、ついでにビジネスモデルとかプロフィットモデルとかを説明しています。

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2017年12月25日 (月)

情報リテラシーは徐々に

 まずは情報リテラシーの話から始めます。2003年7月に「情報セキュリティ事典」が出版されました。当時のセキュリティ関係者が分担して書いた本で当時で25,000円しました。今、アマゾンでみると27,000円しますね。著者も多くて本ももらえず、20,000円で買える権利だけもらったので、確か3冊ぐらい自分で買ったと思います。6部26章からなる大作で、私はなぜか最後の「セキュリティをめぐる社会と文化」の部で「情報倫理とネチケット」の章を担当しました。私の次は岡村久通先生の「個人情報とプライバシー」でした。図書館系の同僚がいたので、この執筆の件を伝えたら何と30冊も本を持って来られたので、丁重に2冊を除いてお返したことを思い出します。
この中で今は忘れ去られているインターネットのサービスのNet Newsのfjに流れていて気にいっていた以下の箇条書きを乗せています。今読み直してみると、今でもあまり変わってないなあと感じました。2003年なので、それからMixiが出てソーシャルメディアが、やがてスマホが出てと技術は進歩(かな)していますが、やっているのは「人」なので変わらないのでしょうね。
一般的なネチケット
・みな人間であることを忘れない
・オンラインでも普段と同じ行動基準
・サイバースペースの自分の場所を知る
・他の人の時間とバンド幅を尊重する
・オンラインではいいかげんな表現はしない
・専門の知識を分かち合おう
・罵倒合戦(flame war)を自制する
・ひとのプライバシーを尊重する
・権力を乱用しない
・ひとの過ちは寛容に

次は子供ですが、私の周りだと大学生ですが、時々高校や中高へ出前講義に行くので、ついでに高校生に学校でスマホ使えるのと聞くと色々ですね。授業中はもちろん使えないけど、持って来て良くて教師に預けておくから、自宅でさえSNSが使えない中高がありますね。大学でも授業中にスマホ操作禁止の教員は多いらしくて、私のように大阪市大の社会人大学院ではIRCを許していて、今もおしゃべりする学生には、周りの学生の邪魔になっているからLINEで話してねという教員は稀なようです。これからどうなるか興味津々です。アクティブラーニングの時代なのにね。

最後は保護者ですが、ここでは保護者や先生としましょう。ITがわかってない人が多いという点では同じかなと思います。いくつかの自治体の情報化をやっているので、そこで最近、よくいうのは「以前は情報公開と説明責任がキーワードだけど、今はさらに嘘は必ずバレると情報は必ず漏れるの二つです」を加えています。後半の二つはソーシャルメディアがここまで広まったので起こった現象なので、保護者、先生、子供を考えると基本的なこの事が欠落しているのではないかと思う事がよくあります。インターネットに繋がっている意味がわかってないのでしょうね。保護者や先生と子供を考えるときに、保護者や先生がITを理解していないことと、会話がない事が大きな問題だとも思っています。大学の授業でも私の講義はMacがメインながらiPhoneやiPadを交互に表示させて、教卓にはロボホンが乗っていて時々勝手に喋ったりダンスをするので受けているようです。他学科の学生からは「魔法使い」と言われたりしているようです。

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2017年1月22日 (日)

七十肩

先週の日曜あたりから両肩に違和感があって、右はもともと金属疲労しているので仕方がないのですが、左が変になったのは初めて。ぎっちょなので、箸とラケットより重いものは左手で持たないように高校以来やってきて、やっとその左が金属疲労かと。で、左肩を中心に手が上に上がらなくなったり、服の左手を通すのにいててと時間がかかったり、ドアのノブが左手で回して手前に引けない。四十肩や五十肩の経験はないけど、これが噂の四/五十肩かと。ちょっと嬉しかった。それで水曜から左肩にロキソニンテープを夜だけ貼って木曜も貼ったら、なんという事でしょう、だいぶ楽になってきました。今日のフィットネスでは、バーベル的なマシンだけは辛くて15回を6回でやめましたが、他は問題なく。今度、診察の問診で相談して見ます。

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2016年12月24日 (土)

IRC時代からテレパシー通信まで

今年のテーマはオンラインコミュニーケーションなので即時遠隔で、1対1ではなく複数人が同時のコミュニケーションとしてIRCの話を中心に書いてみたい。

1986年から1987年にかけて職場のLAN環境を整えてJUNETにもつなぎ、メールやネットニュースからこの世界に入ってきた。メーリングリスト(以下、ML)もメールを始めれば自然と参加していくことになるが、IRCは大阪市大に移ってWindowsのコミュニティに積極的に参加し始めてから始めた。IRCはInternet Relay ChatのことでRelayがついているのは複数のIRCサーバが連携して同じグループ(チャネルと呼ばれる)を運用する仕組みを持っているからである。日本で有名なのはWIDEが運用するものであるが、WIDEな人たちと連絡を取りたい時に使っただけで、わたし的には柳原秀基さんなどが中心になってるNT-Committee2と付き合い始めてからである。阪大時代はMac派であったが、大阪市大では全学のネットワーク管理者として赴任したので、一番トラブルするのはWindowsだろうと考えて、周りを見たらNT-Committee2があったわけである。古いメールを探すと1999年11月に柳原さんからのメールがあり、2000年初頭にNT-Committee2のメンバーになっていました。

前置きが長くなりましたが、このあたりのいろいろのコミュニティ活動は歴史として残しておきたいので少し回顧談でした。このNT-Committte2では2台のサーバがIRCサーバとして運用されていて、ほぼ全部のチャネルが共有されていたようです。IRCではPublicのチャネルは誰でも入れるチャネルとして用意されていて、それ以外は必要に応じて作成される。各チャネルは基本参加は自由であり、わたしの多くのチャネルに参加していた。

コミュニティなので嫌ならやめればいいし、嫌いなら話さなくとのいいので、IRCではignore(無視)のコマンドが用意されている。IRCはニックネームで参加するが、そのニックネームを指定してignoreコマンドを発行すると、そのニックネームの人(Botのこともある)の発言は表示されない。富士通が作ったWindowsのアプリにChocoaがあって、このChocoaがよくできていてスクリプトを書くとIRC参加時に自動的にignoreが動作させることができた。ニックネームは途中で変えることができるが正規表現でうまくignoreを発行するとほぼ捕捉できる。

このIRCはまだ使っていて、Windows使いからApple使いに変わったので手元にWindows機が減ってきて、今は書斎のSurfaceProだけになったので、帰宅して寝るまでと、日曜に在宅しているときぐらいになった。なぜWindows機にこだわるかというとignoreをしっかりサポートしてくれるのがChocoaだけで、散々、MacやiOSアプリなどを探したがignoreがなかったり、あっても英語しかサポートしてないかで、いくつか有料アプリを買ってみたが無駄でした。ここまでignoreにこだわるのはPublicチャネルに話をしたくない人がいるからで、そこまで無理してコミュニティ付き合いしたくないからでもある。またオンラインコミュニケーションにおけるignoreコマンドの有効性というか利用方法を調べてみたいという研究者としても気持ちもある(言い訳かな)。今はスクリプトを動かしていないので、毎晩IChocoaを起動させるたびにignore操作するので、これがまたigonore心をくすぐる。

余談ながら大阪市大の最終講義の後の懇親会の挨拶で、「今までは八方美人で基本断らなかったが、これからは嫌なものは断ります」と話して会場を沸かせています。

一人をignoreしても、他のニックネームの方達はignoreされた人とチャットをするので奇妙なスレッドが続くことになる。これもまた研究材料としては面白い。

で、このignoreって今はなんだろうと考えたらブロックですね。Twitterのブロックがわかりやすいですが、Twitterではアカウントに鍵をかけなければTweetは公開されるので、相手をブロックしてもダダ漏れになる。TwitterはReTweetがうざいので最近は使ってなくて、Facebookで話をするときつくは友達から削除、軽くは知り合いに降格になる。性格上、無視するようなので(どんな性格かを書こうと思ったが、これは書かない方がいいと判断)、それがIRCではignoreコマンドに、Facebookでは友達削除や知り合い降格になる。Facebookの友達削除は相手にわかるのであまりしないが、さすがにむかっとした時にやるようである。

Facebookも「いいね」以外に気持ちを選択できるようになったが、いずれ気持ちが脳波として測定できると偽れない気持ちがSNS上に流出するのではないかと思っている。現時点ではネコミミで代表されるNeuroSky社の技術が面白くて、額と耳たぶの間の電位差でα波、β波、γ波を測って「集中状態」と「リラックス状態」が人種、性別、年齢にかかわらず2点測定でほぼわかるそうで、ネコミミ連動型SNSがでて、ついでに飲酒度数もわかれば面白そう。脳科学研究者の話もたまに聞くので徐々に脳科学の成果が使われるようになるでしょうね。気持ちって究極の要配慮個人情報ですね。

ついでにビデオ会議だと表情でわかりそうだけど、ビデオ会議もアバターが代わりに喋る選択も出てきそうで、こちらのオンラインコミュニケーションもどう変化していくかも興味がある。

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2016年3月 7日 (月)

ロキソニンテープ

今回の旅行、いやシンポジウム参加で唯一の忘れ物が右肩に貼るロキソニンテープ。2年前の5月に右腕がおかしくなってカバンを変えたりしたときに右肩にも 内科の主治医と相談してこのテープを毎晩寝る前に貼ってました。今回、それを忘れたので、忘れたと思ったときには気持ち右腕がちょっとと思ったのですが、 ほぼ6日ほど貼ってなくて(旅行の前の2日間も酔って帰ったので貼るのを忘れた)どうかと思ったけど結論的には大丈夫みたいです。まあ気休めで毎日でなく てもいいので貼っておくかと。

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2015年12月24日 (木)

「子供」x「アプリ」x「広告」

今年もリレーの選手として何か書いてくださいと言われて、「情報セキュリティ論」の講義の話を書こうと思ったら、お題があって「子供」x「アプリ」x「α」となっていたので、αは広告にしました。そうスマホアプリの下や突然出てくる広告です。
情報メディア学科の一員としてゼミも含めて週6コマが義務とかで、また教える人がいなくなったということもあって新規の講義が3つあったので、準備期間を取りたいのでその3つは全部後期に回してもらいました。その一つが広告メディア概論です。あとは「データベース概論」と「情報と職業」。それぞれに攻め方が違うので広告に関してはジュンク堂でざっと本を見回したらちょうど良い教科書があって、それを前半のベースにして、後半はネット広告的な、おそらく得意だろう思うことで攻めることにしました。ネット広告だとスマホアプリの下や突然全面に現れる広告がありますね。
毎日、Facebookで友達から出る役に立つURLを5から多い時は10ぐらいを日々保存しているのですが、その中に新しい広告として、DMPやDSP/RTBの本があってさっそくこれらも買ってみました。これからの広告はみなさんめがけて攻めてくる、それはテレビ、パソコン、タブレット、そしてスマホの4スクリーンだとあって、いや面白いなあと頭の方だけ読んでみました。スマホのiPhoneの方はCocoa勉強会にもたまに出ていて、たまたま宴席の横にいた北村真二さんに、最近の流行りのゲームは聞いたら「マンボウ」ですと言われてさっそくインストール。まあ単純で面白いのですがよく見るとアプリの下や、たまに全面アプリ広告が出ます。
これは講義にも使えるなあというわけで、この仕組みを北村さんに解説してもらいました。結構面白いプロフィットモデルなので、「情報と職業」の講義でもゲストスピーカを3名呼んだときに、その一人として北村さんにiPhoneアプリ作成者で個人事業主ということで話をしてもらいました。事前に質問も用意していたので講義の後半は私との掛け合いになりました。学生も使っているアプリの開発者の生の声というので興味深々で聞いてもらえました。アプリの下の広告はワンクリックするとアプリ作成者に1円から10円程度のお金が入ってきて、その単価のコントロールも出来るとか。アプリ作成時にネット広告会社のSDKを埋めておくようです。
私の講義は学生からの質問に全部答えるというスタイルです。広告メディア概論だと
http://tezuka-gu-ict.jp/teachers/nakanohideo/admedia2015/index.html
の配布資料に質問もあります。質問に答えるかたちで繰り返し伝えしながら理解を深めてもらおうという意図もあります。
http://tezuka-gu-ict.jp/wp2/nakanohideo/sample-page/
に他の講義もあります。
で、やっと本題ですが、学生からの質問というかコメントで多いのがアプリの下や全面で出る広告がうっとうしい。Youtubeの最初の広告が邪魔とかいうものです。確かに邪魔ですが、プロフィットモデルがこれなので、テレビの民放モデルの話をしたり、大きくはビジネスモデルやプロフィットモデルとはそもそも何かと説明しています。iPhoneアプリの場合は無料アプリ100に対して有料アプリのDLが1とかで、学生から見ると有料アプリも購入している私は変な人でしょうか。まあ有料アプリもいいものはいいし、お金を払うだけの価値があれば買ってみたらと言うのですが基本は無料のようですね。無料だから広告ぐらい我慢しろともいうのですが、やなものはやなわけです。
このスマホの広告も反発は多いようなので、いずれ違うかたちのものがでるか、法律ができるか業界の自主規制になるかは見えないところですが、欧州ではすでに問題になって議論が始まっているとFacebookのどこかで読んでURLは保存しているので、講義もそれを見せて解説したりしています。http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20151107-00051228/

プライバシーのEUとアメリカの違いとか、日本での議論や法律の進み方を講義の中でも混ぜているので、教材としては学生にも身近でわかりやすいようです。いずれにしてもネットの歴史はまだこれからなので皆で作っていくのでしょうね。おじいさんも頑張ります。

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2015年1月11日 (日)

セキュリティとプライバシーで思うこと

 子供とネットを考える会から連続ブログの〆のようなブログ依頼を受けました。
今までのセキュリティからプライバシーまで興味をもつようになった経緯みたいなものを書こうかなと思います。歴史を残していくことも最近始めたものですから。

 最初にセキュリティに関係をもったのは1980年前に公開鍵暗号が世に出た時に、暗号の研究を始めた周りの方たちから研究会への参加を勧められたからです。
クリプト関西という暗号の研究会で、その関東版は「明るい暗号研究会」だったと思います。
日本では公開鍵暗号の研究は主に符号理論の研究グループが始めたもので、クリプト関西には現在神戸大学の森井先生も入っておられました。
私はアルゴリズムの研究者で、組み合わせ問題の近似解法が専門でした。
この問題の一つのナップザック問題がナップザック暗号として提案され(それは解けると証明されてダメになりました)興味をもっていたので参加したのがセキュリティ分野に入った動機です。
公開鍵暗号では零知識証明の提案され、これもアルゴリズム屋さんの世界なので解説を求められたものです。

 一方で1983年に初渡米してインターネットに出会い、1993年に関西のインターネットの立ち上げに奔走する前後からネットワーク管理のやっていました。
セキュリティに関しては研究者とも付き合いながら、実際に運用している実務者ということで、2003年に刊行された「情報セキュリティ事典」では「情報リテラシー」と「セキュリティ教育(大学の部分)」の部分を執筆しています。
編集サイドからは理論と実務の両方知っている方ということで選ばれたそうです。
この本は当時25,000円で、今、アマゾンで見ると27,00円ですね。私の章の前後で法律関係の章がありますが、一つの章を岡村さんが書いています。

 1997年に白浜でコンピュータ犯罪に関するシンポジウムをするから講演をしてほしいと依頼が臼井さんからありました。
当時JIPにおられた臼井さんとはSEA関西で一緒にやっていたので、気軽に了解して講演をしました。
あとで知ったのですが警察の生活安全関係の方がたくさんおられたようです。
1997年は「インターネットと暗号」だったと思いますが、2001年5月の講演で、セキュリティを守るのは、1.技術, 2.法律や規定等,3.倫理、教育等という話をしています。
この話は好きで、いつも話をしていて、このころはまだ法律関係も弱くてまだまだでしたが、今は法律がしっかり出来ていて有罪と無罪の線引きができたきたように思います。
ただ倫理や教育は難しくて、あと何十年のかかるかなと思っています。
この白浜ではナイトセッションがあって、その時に岡村さんに出会い、その延長線上で多くの法曹界の方と親しくなりました。

 阪神淡路大震災が1996年ですが、その前後からインターネットが認知され始めました。
私は1995年を自治体のインターネット元年と呼んでいるのですが、関西のインターネットの親玉のように思われていたので、大阪府のある部から相談を受けたりとか公的な組織がインターネットに興味を持ち出しました。
2003年に私もソーシャルメディアのMixiを教えてもらって始めています。
Mixiの社長の笠原さんがクリプト関西の代表の笠原教授の息子さんと聞いて関心をもったこともあります。
以後、Twitter, Facebookと至り、今はFacebookがメインで800人以上の友達がいて、Mixiには日々「ほろ酔い日記」なる日記を書いて、ココログでブログ公開もしています。
Mixiにはコミュニティがあって、大阪市立大学のコミュニティも勝手に勝ち上がっており、その時は私は大阪市大の広報スタッフ、広報スタッフ代表、広報委員長だったりしたので、コミュニティには参加しながらも発言はしないようにしていました。
広報委員長なので私の発言は大学の公式発言になるから慎重に、しかし問題が起こってはいけないので担当の事務の方や副委員長ともども何が流れているかはウォッチしていました。
有名な卑猥な写真がアップされた事件も、教え子から即座に報告があり、その処置を見ていました。

インターネットの普及がベースにあって、1990年代にウェブで手軽に情報が発信でき、2010年前後から携帯電話やスマホが出てきて、何時でも誰でも即座に情報が入る時代になってきました。
小学校4年生から親は子供にスマホを与える時代になってきたそうです。
小学校や中学校にタブレットが配布され、それを使った授業が求められています。
急に広がった情報時代は、それに追いつけない中年以降の大人には戸惑いですが、もう一方の自我がまだ確立していない子供にも影響を及ぼしています。
私の記憶では、私が自我に目覚めたのは小学校6年ではなかったかと思います。
大阪市の阿倍野区天王寺町にある高松小学校が私の通った小学校ですが、その小学校の北側沿いを歩いていたときに、ふと今でいう自我に目覚めたことをしっかり記憶しています。
3DSでは、3Dが脳の中でしっかり認識できるのは6歳以上ということもあって、人間は赤ちゃんから徐々に成長するので、インターネットといういきなり70億人の世界にソーシャルメディアで放り込むのは無理があると思います。
それをするのが教育ですが、教育するほうもまだ未熟なので方法論が確立していないのが現実でしょう。

 セキュリティの世界に入ってから35年ぐらいたち、セキュリティだけでなくプライバシーも考えないといけない時代になってきました。
プライバシーと法律ではアメリカ的な考え方とEU的な考え方があって、日本はどうするのかという所は現在のフェーズです。
とはいうものの日々事件は起こっています。
個人的にはプライバシー制御技術を研究テーマにしようと思ってますが、現職が70歳までは忙しくなってきたので、気持ちを持っているということだけは公言しようと思ってます。

2008年12月に大阪市教育改革フォーラムがあり、4つある部会の一つがネットいじめだったので、その部会の基調講演とパネルのパネラーを依頼されました。
インターネット全般の専門家と思われていたので、「何々とインターネット」という講演を頼まれていたので、新たに出てきた中学や高校でのネットいじめについても議論して欲しいというものでした。
人権とインターネットというテーマで法務局の研修に呼ばれたこともあります。
で、その部会に参加するために実際に学校で起こっていることのなまなましい話を聞きましたが、今まで我々研究者だけのインターネット(JUNET時代)から徐々に事件は広がっていき、それがスマホ等の普及で小学校まで来たのかというのが、その時の感想でした。
当時はまだ中学以上でしたが。
この部会の打ち合わせの会が開かれて、PTA関係者もパネラーに居られて、パネラー全員でパネルの進め方などの意見交換をしましたが、その時の結論は、1.親がIT/ICTを理解していない、2.親子の会話がないでした。
一緒にすると、親が何が起こっているかわからないになります。

 先日、堺市の女性大学というところでネット問題の講演を頼まれました。
まずはLINE等の世界で起こっていることを説明して90分の持ち時間の最後の30分を質疑に当てたところ、多くの質問を受けましたが、その一つに中学生の子供をもつ母親から、「こんどスマホを持たせようと思うのですが、LINEとかどうしたらいいでしょうか」と聞かれました。
私の答えは子供さんとスマホを使う時間を話し合ってくださいというものでした。
それが親子の会話ですと説明しました。

 セキュリティはインシデント毎に技術的な対応があり、違反したら、それに対する法律があって裁かれる時代です。
その意味ではセキュリティは日々新しいアタックはあるものの、ある程度対応が進んでいると講義や講演で話をしています。
次はプライバシーかなと思っています。
まだ時間はかかるでしょう。
以前に市大時代に高校生相手の模擬講義を頼まれて、世界一面白い講義してほしいと女性広報職員に言われて「5年後、10年後、20年後、100年後のIT」のようなタイトルで模擬講義をしました。
この講義のオチは「100年後に情報通信倫理」が確立するでした。
情報倫理の講義や講演をするときの私の決まり文句は「情報倫理は他の生命倫理や環境倫理と同じように確立するのに時間がかかります。インターネットの普及を1995年からと考えると、まだ20年です。
倫理ってギリシャ、ローマ時代からですよね。
だから情報倫理はこれからなので、みんなで情報倫理を作っていきましょう」と話をしています。

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