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2015年1月

2015年1月11日 (日)

セキュリティとプライバシーで思うこと

 子供とネットを考える会から連続ブログの〆のようなブログ依頼を受けました。
今までのセキュリティからプライバシーまで興味をもつようになった経緯みたいなものを書こうかなと思います。歴史を残していくことも最近始めたものですから。

 最初にセキュリティに関係をもったのは1980年前に公開鍵暗号が世に出た時に、暗号の研究を始めた周りの方たちから研究会への参加を勧められたからです。
クリプト関西という暗号の研究会で、その関東版は「明るい暗号研究会」だったと思います。
日本では公開鍵暗号の研究は主に符号理論の研究グループが始めたもので、クリプト関西には現在神戸大学の森井先生も入っておられました。
私はアルゴリズムの研究者で、組み合わせ問題の近似解法が専門でした。
この問題の一つのナップザック問題がナップザック暗号として提案され(それは解けると証明されてダメになりました)興味をもっていたので参加したのがセキュリティ分野に入った動機です。
公開鍵暗号では零知識証明の提案され、これもアルゴリズム屋さんの世界なので解説を求められたものです。

 一方で1983年に初渡米してインターネットに出会い、1993年に関西のインターネットの立ち上げに奔走する前後からネットワーク管理のやっていました。
セキュリティに関しては研究者とも付き合いながら、実際に運用している実務者ということで、2003年に刊行された「情報セキュリティ事典」では「情報リテラシー」と「セキュリティ教育(大学の部分)」の部分を執筆しています。
編集サイドからは理論と実務の両方知っている方ということで選ばれたそうです。
この本は当時25,000円で、今、アマゾンで見ると27,00円ですね。私の章の前後で法律関係の章がありますが、一つの章を岡村さんが書いています。

 1997年に白浜でコンピュータ犯罪に関するシンポジウムをするから講演をしてほしいと依頼が臼井さんからありました。
当時JIPにおられた臼井さんとはSEA関西で一緒にやっていたので、気軽に了解して講演をしました。
あとで知ったのですが警察の生活安全関係の方がたくさんおられたようです。
1997年は「インターネットと暗号」だったと思いますが、2001年5月の講演で、セキュリティを守るのは、1.技術, 2.法律や規定等,3.倫理、教育等という話をしています。
この話は好きで、いつも話をしていて、このころはまだ法律関係も弱くてまだまだでしたが、今は法律がしっかり出来ていて有罪と無罪の線引きができたきたように思います。
ただ倫理や教育は難しくて、あと何十年のかかるかなと思っています。
この白浜ではナイトセッションがあって、その時に岡村さんに出会い、その延長線上で多くの法曹界の方と親しくなりました。

 阪神淡路大震災が1996年ですが、その前後からインターネットが認知され始めました。
私は1995年を自治体のインターネット元年と呼んでいるのですが、関西のインターネットの親玉のように思われていたので、大阪府のある部から相談を受けたりとか公的な組織がインターネットに興味を持ち出しました。
2003年に私もソーシャルメディアのMixiを教えてもらって始めています。
Mixiの社長の笠原さんがクリプト関西の代表の笠原教授の息子さんと聞いて関心をもったこともあります。
以後、Twitter, Facebookと至り、今はFacebookがメインで800人以上の友達がいて、Mixiには日々「ほろ酔い日記」なる日記を書いて、ココログでブログ公開もしています。
Mixiにはコミュニティがあって、大阪市立大学のコミュニティも勝手に勝ち上がっており、その時は私は大阪市大の広報スタッフ、広報スタッフ代表、広報委員長だったりしたので、コミュニティには参加しながらも発言はしないようにしていました。
広報委員長なので私の発言は大学の公式発言になるから慎重に、しかし問題が起こってはいけないので担当の事務の方や副委員長ともども何が流れているかはウォッチしていました。
有名な卑猥な写真がアップされた事件も、教え子から即座に報告があり、その処置を見ていました。

インターネットの普及がベースにあって、1990年代にウェブで手軽に情報が発信でき、2010年前後から携帯電話やスマホが出てきて、何時でも誰でも即座に情報が入る時代になってきました。
小学校4年生から親は子供にスマホを与える時代になってきたそうです。
小学校や中学校にタブレットが配布され、それを使った授業が求められています。
急に広がった情報時代は、それに追いつけない中年以降の大人には戸惑いですが、もう一方の自我がまだ確立していない子供にも影響を及ぼしています。
私の記憶では、私が自我に目覚めたのは小学校6年ではなかったかと思います。
大阪市の阿倍野区天王寺町にある高松小学校が私の通った小学校ですが、その小学校の北側沿いを歩いていたときに、ふと今でいう自我に目覚めたことをしっかり記憶しています。
3DSでは、3Dが脳の中でしっかり認識できるのは6歳以上ということもあって、人間は赤ちゃんから徐々に成長するので、インターネットといういきなり70億人の世界にソーシャルメディアで放り込むのは無理があると思います。
それをするのが教育ですが、教育するほうもまだ未熟なので方法論が確立していないのが現実でしょう。

 セキュリティの世界に入ってから35年ぐらいたち、セキュリティだけでなくプライバシーも考えないといけない時代になってきました。
プライバシーと法律ではアメリカ的な考え方とEU的な考え方があって、日本はどうするのかという所は現在のフェーズです。
とはいうものの日々事件は起こっています。
個人的にはプライバシー制御技術を研究テーマにしようと思ってますが、現職が70歳までは忙しくなってきたので、気持ちを持っているということだけは公言しようと思ってます。

2008年12月に大阪市教育改革フォーラムがあり、4つある部会の一つがネットいじめだったので、その部会の基調講演とパネルのパネラーを依頼されました。
インターネット全般の専門家と思われていたので、「何々とインターネット」という講演を頼まれていたので、新たに出てきた中学や高校でのネットいじめについても議論して欲しいというものでした。
人権とインターネットというテーマで法務局の研修に呼ばれたこともあります。
で、その部会に参加するために実際に学校で起こっていることのなまなましい話を聞きましたが、今まで我々研究者だけのインターネット(JUNET時代)から徐々に事件は広がっていき、それがスマホ等の普及で小学校まで来たのかというのが、その時の感想でした。
当時はまだ中学以上でしたが。
この部会の打ち合わせの会が開かれて、PTA関係者もパネラーに居られて、パネラー全員でパネルの進め方などの意見交換をしましたが、その時の結論は、1.親がIT/ICTを理解していない、2.親子の会話がないでした。
一緒にすると、親が何が起こっているかわからないになります。

 先日、堺市の女性大学というところでネット問題の講演を頼まれました。
まずはLINE等の世界で起こっていることを説明して90分の持ち時間の最後の30分を質疑に当てたところ、多くの質問を受けましたが、その一つに中学生の子供をもつ母親から、「こんどスマホを持たせようと思うのですが、LINEとかどうしたらいいでしょうか」と聞かれました。
私の答えは子供さんとスマホを使う時間を話し合ってくださいというものでした。
それが親子の会話ですと説明しました。

 セキュリティはインシデント毎に技術的な対応があり、違反したら、それに対する法律があって裁かれる時代です。
その意味ではセキュリティは日々新しいアタックはあるものの、ある程度対応が進んでいると講義や講演で話をしています。
次はプライバシーかなと思っています。
まだ時間はかかるでしょう。
以前に市大時代に高校生相手の模擬講義を頼まれて、世界一面白い講義してほしいと女性広報職員に言われて「5年後、10年後、20年後、100年後のIT」のようなタイトルで模擬講義をしました。
この講義のオチは「100年後に情報通信倫理」が確立するでした。
情報倫理の講義や講演をするときの私の決まり文句は「情報倫理は他の生命倫理や環境倫理と同じように確立するのに時間がかかります。インターネットの普及を1995年からと考えると、まだ20年です。
倫理ってギリシャ、ローマ時代からですよね。
だから情報倫理はこれからなので、みんなで情報倫理を作っていきましょう」と話をしています。

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