日記・コラム・つぶやき

2016年12月24日 (土)

IRC時代からテレパシー通信まで

今年のテーマはオンラインコミュニーケーションなので即時遠隔で、1対1ではなく複数人が同時のコミュニケーションとしてIRCの話を中心に書いてみたい。

1986年から1987年にかけて職場のLAN環境を整えてJUNETにもつなぎ、メールやネットニュースからこの世界に入ってきた。メーリングリスト(以下、ML)もメールを始めれば自然と参加していくことになるが、IRCは大阪市大に移ってWindowsのコミュニティに積極的に参加し始めてから始めた。IRCはInternet Relay ChatのことでRelayがついているのは複数のIRCサーバが連携して同じグループ(チャネルと呼ばれる)を運用する仕組みを持っているからである。日本で有名なのはWIDEが運用するものであるが、WIDEな人たちと連絡を取りたい時に使っただけで、わたし的には柳原秀基さんなどが中心になってるNT-Committee2と付き合い始めてからである。阪大時代はMac派であったが、大阪市大では全学のネットワーク管理者として赴任したので、一番トラブルするのはWindowsだろうと考えて、周りを見たらNT-Committee2があったわけである。古いメールを探すと1999年11月に柳原さんからのメールがあり、2000年初頭にNT-Committee2のメンバーになっていました。

前置きが長くなりましたが、このあたりのいろいろのコミュニティ活動は歴史として残しておきたいので少し回顧談でした。このNT-Committte2では2台のサーバがIRCサーバとして運用されていて、ほぼ全部のチャネルが共有されていたようです。IRCではPublicのチャネルは誰でも入れるチャネルとして用意されていて、それ以外は必要に応じて作成される。各チャネルは基本参加は自由であり、わたしの多くのチャネルに参加していた。

コミュニティなので嫌ならやめればいいし、嫌いなら話さなくとのいいので、IRCではignore(無視)のコマンドが用意されている。IRCはニックネームで参加するが、そのニックネームを指定してignoreコマンドを発行すると、そのニックネームの人(Botのこともある)の発言は表示されない。富士通が作ったWindowsのアプリにChocoaがあって、このChocoaがよくできていてスクリプトを書くとIRC参加時に自動的にignoreが動作させることができた。ニックネームは途中で変えることができるが正規表現でうまくignoreを発行するとほぼ捕捉できる。

このIRCはまだ使っていて、Windows使いからApple使いに変わったので手元にWindows機が減ってきて、今は書斎のSurfaceProだけになったので、帰宅して寝るまでと、日曜に在宅しているときぐらいになった。なぜWindows機にこだわるかというとignoreをしっかりサポートしてくれるのがChocoaだけで、散々、MacやiOSアプリなどを探したがignoreがなかったり、あっても英語しかサポートしてないかで、いくつか有料アプリを買ってみたが無駄でした。ここまでignoreにこだわるのはPublicチャネルに話をしたくない人がいるからで、そこまで無理してコミュニティ付き合いしたくないからでもある。またオンラインコミュニケーションにおけるignoreコマンドの有効性というか利用方法を調べてみたいという研究者としても気持ちもある(言い訳かな)。今はスクリプトを動かしていないので、毎晩IChocoaを起動させるたびにignore操作するので、これがまたigonore心をくすぐる。

余談ながら大阪市大の最終講義の後の懇親会の挨拶で、「今までは八方美人で基本断らなかったが、これからは嫌なものは断ります」と話して会場を沸かせています。

一人をignoreしても、他のニックネームの方達はignoreされた人とチャットをするので奇妙なスレッドが続くことになる。これもまた研究材料としては面白い。

で、このignoreって今はなんだろうと考えたらブロックですね。Twitterのブロックがわかりやすいですが、Twitterではアカウントに鍵をかけなければTweetは公開されるので、相手をブロックしてもダダ漏れになる。TwitterはReTweetがうざいので最近は使ってなくて、Facebookで話をするときつくは友達から削除、軽くは知り合いに降格になる。性格上、無視するようなので(どんな性格かを書こうと思ったが、これは書かない方がいいと判断)、それがIRCではignoreコマンドに、Facebookでは友達削除や知り合い降格になる。Facebookの友達削除は相手にわかるのであまりしないが、さすがにむかっとした時にやるようである。

Facebookも「いいね」以外に気持ちを選択できるようになったが、いずれ気持ちが脳波として測定できると偽れない気持ちがSNS上に流出するのではないかと思っている。現時点ではネコミミで代表されるNeuroSky社の技術が面白くて、額と耳たぶの間の電位差でα波、β波、γ波を測って「集中状態」と「リラックス状態」が人種、性別、年齢にかかわらず2点測定でほぼわかるそうで、ネコミミ連動型SNSがでて、ついでに飲酒度数もわかれば面白そう。脳科学研究者の話もたまに聞くので徐々に脳科学の成果が使われるようになるでしょうね。気持ちって究極の要配慮個人情報ですね。

ついでにビデオ会議だと表情でわかりそうだけど、ビデオ会議もアバターが代わりに喋る選択も出てきそうで、こちらのオンラインコミュニケーションもどう変化していくかも興味がある。

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2015年1月11日 (日)

セキュリティとプライバシーで思うこと

 子供とネットを考える会から連続ブログの〆のようなブログ依頼を受けました。
今までのセキュリティからプライバシーまで興味をもつようになった経緯みたいなものを書こうかなと思います。歴史を残していくことも最近始めたものですから。

 最初にセキュリティに関係をもったのは1980年前に公開鍵暗号が世に出た時に、暗号の研究を始めた周りの方たちから研究会への参加を勧められたからです。
クリプト関西という暗号の研究会で、その関東版は「明るい暗号研究会」だったと思います。
日本では公開鍵暗号の研究は主に符号理論の研究グループが始めたもので、クリプト関西には現在神戸大学の森井先生も入っておられました。
私はアルゴリズムの研究者で、組み合わせ問題の近似解法が専門でした。
この問題の一つのナップザック問題がナップザック暗号として提案され(それは解けると証明されてダメになりました)興味をもっていたので参加したのがセキュリティ分野に入った動機です。
公開鍵暗号では零知識証明の提案され、これもアルゴリズム屋さんの世界なので解説を求められたものです。

 一方で1983年に初渡米してインターネットに出会い、1993年に関西のインターネットの立ち上げに奔走する前後からネットワーク管理のやっていました。
セキュリティに関しては研究者とも付き合いながら、実際に運用している実務者ということで、2003年に刊行された「情報セキュリティ事典」では「情報リテラシー」と「セキュリティ教育(大学の部分)」の部分を執筆しています。
編集サイドからは理論と実務の両方知っている方ということで選ばれたそうです。
この本は当時25,000円で、今、アマゾンで見ると27,00円ですね。私の章の前後で法律関係の章がありますが、一つの章を岡村さんが書いています。

 1997年に白浜でコンピュータ犯罪に関するシンポジウムをするから講演をしてほしいと依頼が臼井さんからありました。
当時JIPにおられた臼井さんとはSEA関西で一緒にやっていたので、気軽に了解して講演をしました。
あとで知ったのですが警察の生活安全関係の方がたくさんおられたようです。
1997年は「インターネットと暗号」だったと思いますが、2001年5月の講演で、セキュリティを守るのは、1.技術, 2.法律や規定等,3.倫理、教育等という話をしています。
この話は好きで、いつも話をしていて、このころはまだ法律関係も弱くてまだまだでしたが、今は法律がしっかり出来ていて有罪と無罪の線引きができたきたように思います。
ただ倫理や教育は難しくて、あと何十年のかかるかなと思っています。
この白浜ではナイトセッションがあって、その時に岡村さんに出会い、その延長線上で多くの法曹界の方と親しくなりました。

 阪神淡路大震災が1996年ですが、その前後からインターネットが認知され始めました。
私は1995年を自治体のインターネット元年と呼んでいるのですが、関西のインターネットの親玉のように思われていたので、大阪府のある部から相談を受けたりとか公的な組織がインターネットに興味を持ち出しました。
2003年に私もソーシャルメディアのMixiを教えてもらって始めています。
Mixiの社長の笠原さんがクリプト関西の代表の笠原教授の息子さんと聞いて関心をもったこともあります。
以後、Twitter, Facebookと至り、今はFacebookがメインで800人以上の友達がいて、Mixiには日々「ほろ酔い日記」なる日記を書いて、ココログでブログ公開もしています。
Mixiにはコミュニティがあって、大阪市立大学のコミュニティも勝手に勝ち上がっており、その時は私は大阪市大の広報スタッフ、広報スタッフ代表、広報委員長だったりしたので、コミュニティには参加しながらも発言はしないようにしていました。
広報委員長なので私の発言は大学の公式発言になるから慎重に、しかし問題が起こってはいけないので担当の事務の方や副委員長ともども何が流れているかはウォッチしていました。
有名な卑猥な写真がアップされた事件も、教え子から即座に報告があり、その処置を見ていました。

インターネットの普及がベースにあって、1990年代にウェブで手軽に情報が発信でき、2010年前後から携帯電話やスマホが出てきて、何時でも誰でも即座に情報が入る時代になってきました。
小学校4年生から親は子供にスマホを与える時代になってきたそうです。
小学校や中学校にタブレットが配布され、それを使った授業が求められています。
急に広がった情報時代は、それに追いつけない中年以降の大人には戸惑いですが、もう一方の自我がまだ確立していない子供にも影響を及ぼしています。
私の記憶では、私が自我に目覚めたのは小学校6年ではなかったかと思います。
大阪市の阿倍野区天王寺町にある高松小学校が私の通った小学校ですが、その小学校の北側沿いを歩いていたときに、ふと今でいう自我に目覚めたことをしっかり記憶しています。
3DSでは、3Dが脳の中でしっかり認識できるのは6歳以上ということもあって、人間は赤ちゃんから徐々に成長するので、インターネットといういきなり70億人の世界にソーシャルメディアで放り込むのは無理があると思います。
それをするのが教育ですが、教育するほうもまだ未熟なので方法論が確立していないのが現実でしょう。

 セキュリティの世界に入ってから35年ぐらいたち、セキュリティだけでなくプライバシーも考えないといけない時代になってきました。
プライバシーと法律ではアメリカ的な考え方とEU的な考え方があって、日本はどうするのかという所は現在のフェーズです。
とはいうものの日々事件は起こっています。
個人的にはプライバシー制御技術を研究テーマにしようと思ってますが、現職が70歳までは忙しくなってきたので、気持ちを持っているということだけは公言しようと思ってます。

2008年12月に大阪市教育改革フォーラムがあり、4つある部会の一つがネットいじめだったので、その部会の基調講演とパネルのパネラーを依頼されました。
インターネット全般の専門家と思われていたので、「何々とインターネット」という講演を頼まれていたので、新たに出てきた中学や高校でのネットいじめについても議論して欲しいというものでした。
人権とインターネットというテーマで法務局の研修に呼ばれたこともあります。
で、その部会に参加するために実際に学校で起こっていることのなまなましい話を聞きましたが、今まで我々研究者だけのインターネット(JUNET時代)から徐々に事件は広がっていき、それがスマホ等の普及で小学校まで来たのかというのが、その時の感想でした。
当時はまだ中学以上でしたが。
この部会の打ち合わせの会が開かれて、PTA関係者もパネラーに居られて、パネラー全員でパネルの進め方などの意見交換をしましたが、その時の結論は、1.親がIT/ICTを理解していない、2.親子の会話がないでした。
一緒にすると、親が何が起こっているかわからないになります。

 先日、堺市の女性大学というところでネット問題の講演を頼まれました。
まずはLINE等の世界で起こっていることを説明して90分の持ち時間の最後の30分を質疑に当てたところ、多くの質問を受けましたが、その一つに中学生の子供をもつ母親から、「こんどスマホを持たせようと思うのですが、LINEとかどうしたらいいでしょうか」と聞かれました。
私の答えは子供さんとスマホを使う時間を話し合ってくださいというものでした。
それが親子の会話ですと説明しました。

 セキュリティはインシデント毎に技術的な対応があり、違反したら、それに対する法律があって裁かれる時代です。
その意味ではセキュリティは日々新しいアタックはあるものの、ある程度対応が進んでいると講義や講演で話をしています。
次はプライバシーかなと思っています。
まだ時間はかかるでしょう。
以前に市大時代に高校生相手の模擬講義を頼まれて、世界一面白い講義してほしいと女性広報職員に言われて「5年後、10年後、20年後、100年後のIT」のようなタイトルで模擬講義をしました。
この講義のオチは「100年後に情報通信倫理」が確立するでした。
情報倫理の講義や講演をするときの私の決まり文句は「情報倫理は他の生命倫理や環境倫理と同じように確立するのに時間がかかります。インターネットの普及を1995年からと考えると、まだ20年です。
倫理ってギリシャ、ローマ時代からですよね。
だから情報倫理はこれからなので、みんなで情報倫理を作っていきましょう」と話をしています。

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2014年8月17日 (日)

教え子

ある本の著者に私の教え子があったと思って、ずっとそう思っていたのですが、先日、彼を知っているであろう別の教え子と話していて、ウェブに彼の写真があったので見せると違うと言われて、そうかなと。で、阪大時代の教え子等の一覧のExcelファイルがあるので眺めてみました。退官パーティで必要になったので作成していたものです。よく見るとその姓の教え子は二人いました。1984年卒と1990年卒でした。とても覚えている教え子と、そうでない教え子がいるので、仕方がないことでしょうね。最終的には350名ぐらいになるかと思うので、ちょっとしっかり名簿をメインテナンスしようかと思ったしだいです。

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2014年8月 6日 (水)

かるカバプロジェクトその後

先日、西尾先生が軽いバッグにMBPかMBAを入れているのを見て、軽い鞄を持とうプロジェクトを少し修正。今まで使っていた鞄にMBPと軽い傘とノートと予備のハンカチ等を入れて、ポシェットは最大1.7kgまで行くので、その日使う予定の物以外は入れないという方針で昨日から行動中です。ウォーキングバッグだと階段がやっかいなのですが、それを考えないので行動に余裕が出てきます。雨の日は雨の中を歩く場合だけ、ポシェットを鞄に入れればよくて。それ以外は右手でポシェットを抱え、まだ丈夫な左手で鞄を持ちます。荷物の多いときはウォーキングバッグで行動になります。これで行けそうなら11インチのMBA購入は必要なくなります。Google GlassやiWatchの購入資金に回りそう。闘うご隠居も大変です。

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2014年4月19日 (土)

Project型ToDo

あと4年間でやることも見えてきたので、この忙しさをどう整理しようかと昨日、ランニングマシンで歩きながら考えてみました。多くのToDoがあるのです が、その内の幾つかは進捗管理までしないといけないなあというのが結論です。進捗管理でどのようなツールを使うかは(Excelかなと思っているけど)こ れから考えますが、当面の解決策として、そのようなToDoに「project」のタグを、RTMで付けることにしました。付けてみると19個。カテゴ リーはいろいろですが、何をするのか、段取りは、時間も含めて予定を立てて、進捗管理するという意味では同じなので19個。休肝日を増すとわたし的にはま ずいので、見捨てるToDoを増しますかね。

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2014年3月30日 (日)

経理

4月で個人事業主も3年目に入ります。昨年4月から本務が入ったので、まあサブ的ですが。昨年の確定申告は3月にやっつけたのですが、Excel処理しな がら、これ日々の業務にしておけば3月ごとに苦労する事はないのかと思った次第です。どうも去年も今頃に同じことを考えたようで、Excel処理は3月ぐ らいまでやっていて、あとはほったらかしでした。ToDoも月末に月次処理となっていたのでいずれまとめてと思ったようです。よく考えると毎月決まって出 て行くお金が幾つもあって、それが毎月確定してからExcel処理を考えていたのですが、消費税のアップはともかくほぼ額は決まっているので予定額で書い ておけば大よその決算が分かることに気づいた次第。経理する人にはあたりまえなんでしょうね。というわけで12月までの収入と支出もこの時点で決まってい る額を推定値も含めていれました。あとは臨時の収入や、たまにある会食処理。これで年末までにどれぐらい使えるか分かりました。4月後半は楊州チャーハン を食べる旅、いや視察に行ってきます。

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2014年3月28日 (金)

めざせToDo500

4月からの仕事の増加の準備としてToDoのRTMのカテゴリーを一つ増やしました。市大時代も最大5つを割り当てていました。今は一つにマージさせまし た。今の職場はセンターと全体の2つのカテゴリーだったのですが、学科のカテゴリーを作って、さっそくタスクが9つ。一つは全体から移ってきたので、現在 488になりました。昨晩、美味しい日本酒を飲みながらこのデシジョンをして、これで来年度のやることや目標も決まってきました。あとは中野流のペース で、、、

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2014年1月26日 (日)

日曜の朝

日曜の午前(6:00-12:00)しか蕪を売ってないので、日曜の朝はまずは蕪購入が優先ですが、それが終わると来週以降の予定や仕事を考える時間になります。MBPのカレンダーを開いて月単位での予定をみながら、iPhoneで予定を修正や追加をしていきます。あらかた出来ると、正面のディスプレーが1920x1080なので、ToDo表のExcelを125%で表示させながら、手元のiPhoneでToDoの整理を始めます。この解像度だと「勉強」「頼まれ事」以外の474あるToDoのほとんどが見えます。春からはカテゴリーが一つ増えると思うので、「いろいろ」カテゴリーが画面から消えますからカテゴリーの配置を変えるかな。消えていくカテゴリーもでてくるので全部が表示されるといいですね。狭山デスクのディスプレーは2560x1440なので当然ながら全部見えます。IPhoneでのToDoの整理は右横のiPadでiCloud同期を確かめながらです。iPhoneでの処理が終わったらToDo表の優先度を整理していきます。iPhoneの方は今日から今週の仕事確認ですが、ToDo表は全体を俯瞰する形になります。優先度は「0:常に頭の中に」「1:優先」「2:週に一度ぐらい思い出す」「3:月に一度ぐらい思い出す」「4:季節に一度ぐらい思い出す」「5:備忘録」です。ToDo表の整理が終わると、ToDo表はRTMのバックアップにもなっていますが、このToDo表はPDFの形でDropboxとEvernoteにもバックアップします。Evernoteにはスタッフ共有もあり、そこにも落としておきます。ToDoを整理しながら、思い出す予定もあるので、それらは暫時カレンダーに追加されます。たとえば、そろそろ散髪とか血液検査の採血とか。予定表が確定するとアーカイブして、表と裏の予定表をアップします。余裕があれば今週もらった名刺の整理。

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2014年1月20日 (月)

目標とモットー

お酒は週に休肝日を連続二日ともう一日を目標にだが、誘われたら断らないをモットーにしていますが、昨年暮れから始めたフィットネスクラブ通いは、週に最低二回で連続して行かないにしました。そうすると最大三日かな。先週、出張帰りに寄って最後の軽いジョギングでふくらはぎに痙攣がきかけたからもあります。若くはないのでぼちぼちと。まあ痙攣はそのあと呑みの待ち合わせがあったせいもあるかと。先週は昨日の休刊日を入れて二日達成。フィットネスクラブは予定表に予定としていれることにしました。

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2014年1月19日 (日)

余裕度のバロメータ

今、忙しいかは幾つかの測度で測っています。一つ目はぶつ森ととび森。一番忙しいとぶつ森の三日毎に出来る果物の収穫が追付きません。逆に一番時間があっ てゆったりしている時は、ぶつ森だけでなく、とび森の果物もしっかり収穫が出来ています。ぶつ森の果物は花の関係もあって放置はあまりできませんが、とび 森はぶつ森からの改善点も多く、その一つとして果物は三回分ぐらい放置できるので一週間ちょっと放置できますね。性格として成った果物は揺すって落とすの で、落とさなければいいだろうという指摘は無視。
二つ目のバロメータはメールの貯まり具合。今、メインの研究所メアドは260通で、目標値の50通はとっくにすぎているので限界です。MBPを ゆっくり操作している暇が、福島視察や演習もあってなかったようですね。一番忙しいときは貯まるに任せて、合間にエラーやスパムを整理になります。まあ一 時間から二時間ほど余裕があるときに一気に整理します。その意味でナレッジサロンでの作業が多いですね。夜だとそのあとワンショットの楽しみが。
三つ目はToDoを見て仕事をしているかですね。一番忙しいと朝にToDoの整理(先送り作業ともいう)をしたけど一度もその日はToDoを見な かったになります。急ぎというか必ずすることは赤字にするので最低それは見て可能な限りするようにしています。夜呑む薬、いや夜飲む薬もそこに入ります。 夜は呑むことがままあるので、昼に飲むことも多いです。一番時間があるときは納期遅れ(赤色表示)も含めて今日のToDoを何度も見直せるときですね。こ んな時は仕事が回っているなあと感じます。
で、今はぶつ森は順調で、とび森は果物がちょっと放置状態で、島に魚釣りに行けない程度の急がしさ。メールは頑張って整理しないと,幾つかのお願いが放置状態。ToDoは順調です。が来年度に向けてのミッションとか徐々に増えそうな予感。

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